仕事仲間や友達、家族、何かの縁で一緒に活動する人、知り合った人の言葉だったりアイデアだったり、素直にいいなあと思ったことはいいなあと賛同するということ。
特に、自分以外の、一緒に仕事をする人たちの思いつきなんか、私だったら思いつかないことや、いいなと思ってたけど踏み出せずに躊躇していたことを言葉にしてくれたときなんか、「いいね、やろうか」って言うこと。そして、ちょっといいものを作ること。ちょっといいことができること。
そういう風にやっていきたいなあ、と思ったりしています。もちろん一人でできることもあるだろうけど、私一人じゃ、当たり前だけど限界がある。
・・・なんてことを思ったりしています。
で、ここで引用を。
いいものを見つけたときに、「これはいい!」っていうことを空気を読まずに周りに主張する、紹介したがることは、このままいきたいですね。常にそうしていれば、そういう人脈も出来てくる。それを使えば、僕がいいと思ったものを、僕のフィルターを通さずに、本当の源流のよさを出せるわけですよね。言い換えると、「僕は源流じゃないです」って言い続ける子供さを持っていたい。僕はすごいのを知ってるだけなんですよ、ぐらいな。そこの部分が無邪気にできるといいな。
歳を経てくると、みんな、俺が考えたみたいになっていくわけじゃないですか。あのプロジェクトは俺がやったんだよ、アイデアは俺から出て行くみたいな話になっていく。そうすると、責任も大きくなってしまうだけじゃなくて、世界が狭まっていく気がする。
だから僕は自分から優れたアイデアが10個出てくるよりは、優れたアイデアを1個持っている人を100人知ってるほうがすごいと思う。もちろん自分のアイデアを高める努力を大人としてはしつつも、子供のように、「あ、お前、天才だな」って、子供のように言いたい。何歳の奴に対しても「一緒になんかやろうよ」って臆面もなく言えるような子供な大人になりたい。子供であり続けるっていうのは、実はすごく大人だと思うんですよ。
これは、ゴスペラーズの北山陽一さんが、以前ツアーパンフレットの中で言われていたことなのですが、
「自分から優れたアイデアが10個出てくるよりは、優れたアイデアを1個持っている人を100人知ってるほうがすごいと思う」なんてところが、まさに最近思うことと重なってきています。
自分ですべてやってしまわなくてもいいんだと。
よくよく考えたら当たり前なことで、広くたくさんの人に返すもの(自分の仕事)なんだから、いろんな人の考えが入っているほうが、なじみやすいよね、、、なんて。
そして、みんな私じゃ思い浮かばないことをぽろっとであったり、自信を持ってだったりして言ってくれる。指導してくれるし、助けてくれる。
そしたら、それを能動的に受け止めちゃおう、と。
「あ、○○さん、天才だ!すごい!」「じゃ、それやろうよ」って言っていたい。
そんなことを思う秋の夜でした。。。
あ、ぜんぜん関係ないですが、最近よく聴いています。
会社の人がカラオケで歌っており、またも昔に耳に残っていた曲で、改めて聴いて、いいなーと。
Fabulous!さんのまねっこで、YouTubeをはってみました。
フィリップ・ベイリーの歌いっぷりがすてきだ!!そしてやっぱりライブっていいなあ。
